2023年1月28日2023年1月28日 とある男の夏の思い出 1989年夏、南関東のとあるホール企業で、店長以上の役職者が多用な中スケジュールを折り合わせての御前会議が行われました。 事業計画に関わることとしてまずは本部長が下半期の大掛かりな設備変更費用などの概算額を報告し、片手で数えられるほどの店舗を展開している系列店の各店長とその公休日フォローならびに遊技機購入の希望を取りまとめメーカーに睨みを利かせつつ対峙する役目の統括店長(本社役職は課長)が当月営業数字の着地見込みをオーナーに報告していたその最中に”事件”は起こりました。 店長のひとり、ここでは清水としますが、彼が躊躇なく「今月の売上は2千万円です」と発言したからです。 場は一瞬時を止め、辛気臭い報告が続く流れでジョークでも投げ込んでくれたのだろうと皆がその当人の顔を見つめましたが、彼はまた同じように「今月の売上は2千万円、2千万円です」と繰り返しました。 同じ店長格だった男、ここでは辻井としますが、彼はオーナーほか出席者の様子をテーブル越しに見遣りながら少しばかり訝ります。いくらなんでも、会議の前に”アレ”はやってないだろうな、下らない冗談か、ただの言い間違いだろう、と。 その当時の業況からすれば月の途中まで来て総売上が2千万円などという水準はあまりにも低すぎ、300台ちょっとの設置店舗でもなんなら世間的な給料日直後の2日間で作れる程度の売上金額だったからです。では粗利との言い間違いなのか?そのようにも皆が思いましたが、辻井はここで「ヤバい…」と、そう思いました。 「清水君、わかったから」「で…どうなんだ?数字の方は」とオーナーが反応します。和やかな口調ながらも、皆それが”最後通告”であることを理解しています。ここでの返しを間違ってはいけないのです。もう自分が報告する順番は終わったというような態度で清水は俯いて、じっと会議資料を見ています。 辻井は席を立って清水の肩を叩きながら「ほらっ、オーナーが聞いてるだろ、どうしたんだよ!」と呼びかけると、「だ・か・ら!2千万!」「2千万円だって言ってるだろ!」という叫び声が室内に響きわたりました。 オーナーが声を掛けます。 「辻井君」「清水君を連れて行ってくれ」 脱力し切った人間のなんと重いことか。辻井は「やっぱりダメだったか、こうなったか」と思いながら清水を抱えて廊下に連れ出し顔を覗き込むと蒼白で、足元はちょうど当時コミック本を買って読んでいた『お父さんは心配症』の父親の様にぐにゃぐにゃに曲がって、全く力が入っていませんでした。 辻井は、体調不良のようだと事務員に告げ清水を託して会議に戻り、その後二度と彼の姿を見ることはありませんでした。 関連 DIARY