2023年5月6日 Hole Lotta Love 「だっ、ダメッ!乱暴にすると壊れるってば!」「違う…その穴じゃないっ」「ああもう、俺に代わって!」「保護膜は…ヨシッ破れたぞ」「いまだ、真っ直ぐに突っ込んでッ」「そこそこっ!小さな突起が見えるでしょ?それを、狙って!」 2022年10月某日の深夜、都内ホールのスロットコーナーにて3人の男たちが、直径3センチほどのひとつの穴の中を淀んだ瞳で見つめていた。 上等なカーペットを敷き詰める金などないちっぽけなホールの床は冷たく、そこに男たちはカーリングの投手のように這いつくばって、また或いはグリーンの芝目を読もうとするゴルファーのような姿勢で、その穴の奥に慎重に狙いを定めてしっかりと掴んだ棒をゆっくりと挿入していく仲間の様子を見守りながら叱咤激励の声を上げる。 1時間ほどの格闘の末、棒は折れてしまった。使い物にならなくなったそれを見て、ひとりがこう呟いた。「ドンキホーテなら、もっと良い”道具”が手に入るかもしれない」。 20分後に戻ってきた彼の手には、これまでのそれよりも更に硬く長い棒が握り締められていた。 屈強且つ技巧に優れた男が3人も集まっておいて、結局は道具頼みなのか…という虚しさはもうここまで苦戦させられている現況では思うべくもないことで、とにかくこれなら、もしかしたらいけるかもと、既にみな疲れ切っていたがそれでも一角獣のシンボルのように鋭く先端を光らせている1本の棒に最後の希望を託すことにした。 代わる代わる穴に棒を突っ込み小突起を攻めるという地道な闘いが更に1時間ほど続き、ここまでやってもダメなのかと、みなのメンタルの天秤が希望から絶望へと傾きかけたその刹那… ガチャッ! 堅く閉じられていた神秘の扉が、ついに開かれた。 ———敢えて説明するまでもないだろうが、これは堅固なセキュリティを誇ることで有名な某メーカー製スロット筐体の鍵交換時のトラブル対処の様子である。 使用した道具は、バーベキュー用の金属串と金属製ハンガーである。全長30センチ以上のマイナスドライバーがあればもっとスムースに事が運んだのだろうが残念ながら無かったので、これらで代用したというわけだ。 ところで、本件が全く別の情景に見えていたというあなたは、酷く疲れているか心が薄汚れているので、今週末あたりパチンコスロットでも遊技して気晴らしするといい。この街では誰もが余暇を欲している。 さて、この鍵交換時のトラブルについて、やはり説明が必要そうなので、ごく簡単にだが書いておく。 スロット台の鍵には、2つの状態がある。 まずは、メーカーから出荷され全国のホールに納品されたばかりか、中古市場を流通していてホールに納品されたばかりの状態。 次に、各ホールでの入替作業が済んで”鍵交換”を行った状態。つまりユーザーが普段目にし、遊技している状態である。 これらの違いについて、前者はZERO鍵と呼ばれる共通鍵でドアを開放し、後者は各ホール専用の鍵で開放する。 至極当然のことだが、自店の鍵に交換せずに共通鍵のままで営業すると、仮に共通鍵を持っている者が着席した場合には、その鍵を使ってドアを開放することが出来てしまう。なんなら”ゴト”=不正行為もやりたい放題だ。これはアカン、いや開く…いや、アカン。 ゆえにホールでは、新機種・中古機を購入して納品を受け島に設置した直後に、自店の鍵に交換する作業を実施するのだが、正規の手順で作業を完遂出来なかった場合に起こるのが、冒頭で述べた卑猥な…いや悲惨なトラブルというわけである。 とはいっても私の記憶の限りでは、2018年前後までは、数十分間も手こずるような深刻な鍵交換トラブルはほとんど無かった。 なぜなら、こういう場合の対処法として、筐体の背面に開いているメダル自動補給用の穴から大胆にフィストを突っ込んで秘所をまさぐれば、そこまで労せずして内部からドアを開放することが出来たからである。 それが近年では、筐体の隙間から道具を挿し込んだり基板に電波を当てるなどの手法で設定変更やAT強制突入などを試みる輩への対策として、メーカー側は容易にはドア開放出来なかったり異物挿入を許さないように板金を据え付けたり高感度センサーを設置するなどしてハード面でのセキュリティを向上させたのだが、その結果として、ホール側が鍵交換作業を誤った際に従来ほど容易にはドアを開放することが出来なくなってしまったのである。ぐむむ。 まあ、賢明なる読者諸氏は、このように思うだろう。「ただ鍵を交換するだけの単純作業をミスるようなアホなホールなんぞ、自業自得である。せいぜい苦労するがええ」と。正論である。 しかし哀しいかな、この鍵交換トラブルは全国のホールで毎週のように発生している。 極秘情報によると、本稿の舞台になった小規模ホールと同日同刻に都内のいわゆる関東大手と呼ばれる立派な法人店舗でも同じ機種のドアが開かなくなり、同じ手順にて開錠を試みたが、ちょっと乱暴にやり過ぎてしまったとのことであった。 連日ホールでボロ負けして心が荒み「このボッタ店がッ!」と激昂しそうになったり台パンしたくなったときには是非とも台の鍵穴を見つめて、ホール関係者の入替作業時の苦労や今回紹介したトラブルのことに思いを巡らせて心を落ち着かせて下さればと願う次第である。 関連 DIARY