2023年1月2日2023年1月2日 含羞の笑顔に魅せられて 自ら望んでかそうではないかに関わらず、いざ「表舞台」に出たならば前を向く、もう照れたりしないで求められているだろうことをやり切る、そういうことが出来る人物を私は最大限尊重します。 書くのは簡単ですが、これはとても難しいことです。 例えば、ちょっとした宴席の誰か余興でもという場面で、歌が下手なのにカラオケに挑まねばならない状況に陥った人をイメージして欲しいのですが、もじもじして小さい声で……というのではなく、どうせやるなら完全に開き直ってしまって音を外そうが何だろうがお構いなしに派手なパフォーマンスをした方がウケますし、周囲から大いに評価される場合が多いように思います。 大体、果敢に前に出た人を馬鹿にするのは無粋、野暮というもので、そういった意味ではその場に居合わせた者もまた如何に振る舞うかを他者から観察されている、人物査定されているのだと考えてもよいかと思います。 自宅近くにあるセブンイレブンには、勤務歴が長く、とても失礼な言い方にはなりますが一見する限りでは”陰キャ”に見える男性スタッフの方が居ます。働きぶりから、とても実直な人物なのは伝わりますが、自ら進んで何かをやろうという風には見えず、私も最初は他のスタッフさんと同じくいち利用客と店員という関係性だけでそれ以上でも以下でもありませんでした。 しかし、お店で彼を見かけるようになってから半年ほど経ってからだと記憶していますが、特撰弁当フェアと銘打って装飾されたコーナー前で、彼に対する印象が一変しました。 たしか有名ホテルだかレストランだかで提供されているメニューを再現した(という謳い文句の)ハンバーグ弁当が棚の最下段に陳列してあって、女性スタッフさんがカラフルなマーカーで一生懸命に書いたらしい販促の説明文をしゃがんで読んでいて買い物カゴに入れるかどうか迷っていたときに、入店してからずっと流れていたであろうスタッフさんたちが吹き込んだおすすめ商品案内の中に、とても聞き覚えがある声が混じっていることに気付きました。その声は、まるで耳をぐいっと引っ張っられて至近距離で言われたかのようにして印象的に響きました。 「ちょっとお高いかもしれませんがごめんなさい」「でも是非一度、お試しいただきたい新商品がコチラです」「ふわふわっ、とろとろっ、クリームソースとマッシュルームの香りがお肉の美味しさをより一層引き立てる極上の一品っ!」みたいな内容だったかと思いますが、そういうノリで喋るところは全く想像できない彼が吹き込んだものであるのは間違いなく、正直とても驚きました。 わたしはそのお弁当を購入し、味の方はこの手のお弁当でよくあることで「謳い文句のわりには、そうでもない」感じだったのはご愛敬として、自宅でビールを飲みながら、また別のことに思いを巡らせました。 彼にとって、あのコンビニはどのような職場なのだろうか? 受け身のように見える彼ですから、店長さんから「他のスタッフもやるのだから」と無理矢理やらされたのではないか?と。 そしてまた、こうも考えました。 そういったことは、あのコンビニを日々利用している立場なのだから、彼の去就というかたちでいずれわかることだろう、と。 その後も彼は1年、2年と働き続け、商品の入れ替わりに応じて更新されているらしい店内案内でも、これまで通りレジ対応時よりもだいぶ明るく抑揚が効いた声でおすすめ品をPRしています。 それで私は思い切って、業務の手が空いてのんびりしているらしい彼に、長い間考えていた冒頭で述べたようなことを話しました。 「私は、お兄さんの商品案内が一番素晴らしいと思っています」と。 すると彼は、ちょうど『花の慶次』の有名な一場面である、太閤・秀吉に対して前田慶次が思わず見せた含羞(はにかみ)の笑顔と同じような表情で、「そんな風に言ってもらえるとは思っていませんでした」「いつもありがとうございます」と応えました。 私はこのコンビニが、彼にとって、居心地が良いかそんなに悪くはない職場なのだろうなと安堵し、また今後も彼が吹き込む商品案内を聞くことができるだろうことを嬉しく思いつつ退店しました。 その後は、レジが混んでいるときや心無い利用客から対応を急かされているような場に出くわすと、労いの言葉をかけるなどしてコミュニケーションをとるようになりました。 私は彼のように、控えめながらもいざ場に臨んでは潔い人物がとても好きです。 この年始も、彼がノリノリで商品案内していた3,000円ちょっとのお節風二段重とやらが半額になっていたので、つい買ってしまいました。 味は、お察しの通りです。 関連 DIARY